１９９７年に香港がイギリスから中国に返還される。９９年の租借期間がとうとう切れるのだ。昔小学校でこの「租借」を教わったときは、それはとてつもなく長い永遠のような年月だと思ったのだが・・・。
そこで友人たちと返還の前に是非一度、香港へ行ってみようということになった。もともとブランド品の買い物に興味のない私は、香港へ行く気など全くなかったのだが、返還前のクリスマスとなると話が変わってくる。向こうでイギリスの教会のイブ礼拝に出席出来たらどんなに素晴らしいことだろうと、期待に胸をふくらませて出発した。
１２月２３日、 午後５時過ぎに啓徳空港に到着しホテルに向かったが、まず目に入ったのは貧しい人々の住む、まさに立体スラムといえるような高層アパート群だった。屋上には更に小屋がある。その隣に立派なホテルがぴっちりと隙間を空けずに建てられていたりして、異様というか不思議というか、これこそ「混沌」という言葉がぴったりの光景だ。

夕食後、千円で夜景を見るツアーに参加した。ビクトリアピークの展望台からの眺めは、世界三大夜景の一つというだけあって、それは美しいものだった。山の斜面から港まで光の海である。その中に沢山の、贅を凝らしたクリスマスイルミネーションが輝いて、いつまでも見飽きない。高い場所にあるマンション群は高級なものだそうだ。闇に沈んだあのスラムがまた頭をよぎった。
翌２４日はクリスマスイブ。街には１００万の人が繰り出す。イブ礼拝は真夜中の１２時から始まるらしい。地下鉄の出入口から人々があふれ出てくる。不案内な土地で満員の地下鉄に乗るのは不安なので、教えてもらった教会へ行くのは諦め、人込みに混じってネイザンロードを歩いた。
道の半分が歩行者道路として開放されているため、車が大幅に規制されて大渋滞。タクシーにも乗れないのだ。道いっぱい左も右も上にもイルミネーションが、まるで仕掛花火のナイアガラのよう。道路沿いに教会を見つけ、坂をちょっと登って玄関まで行ったが、扉には鍵が掛けられ灯かりもついていない。少し時間が早かったからかもしれないが、これがクリスマスの教会かと目を疑う思い。気がつけば街にはジングルベルが聞こえない。音楽そのものがまったく無いのだ。雑踏の中には、仏像らしき輿を担いだインド人の行列まであって、たまげてしまった。

２５日。ついにクリスマスらしい催しに出会う。話の種にと、歴史と格式を誇るホテル、ペニンシュラへ入ったとき、ちょうどクリスマスのロビーコンサートが始まるところだったのだ。白人ばかりの男性合唱の美しいハーモニーに聞き入った。それにしても、街で観光客以外の白人をあまり見かけなかったのは、返還が迫っていることと関係があるのだろうか。
この日、再び啓徳空港から香港を後にし、慌ただしい２泊3日の旅は終った。