「行かへん、そんな贅沢もったいない」
渋るあなたを説き伏せて、
病院からの帰りのタクシーを、
五月山へ向けてもらったあの日の空も、
今日のような青空やったわね。

　麓の広場ではもう花吹雪になってたけど、
ドライブウェーを登るにつれて、
まるでお母ちゃんを待ってたみたいに、
満開の桜がトンネルを作ってた。

　「きれいやねー」
何ヶ月ぶりかの笑顔を見せたあなた。
老人性の鬱だという脚の痛みを、
その時完全に忘れてたのやろと、
私は今でも確信してます。

　運転手さんが、後ろから来る車に先を譲って、
桜の下をゆっくりゆっくり
走ったり止まったりしてくれはったから、
ほんまにうれしかった。

　家に着いて八千円の支払いは
やっぱり痛かったけどフフフ・・。
　
　お母ちゃん、今年も山がピンクになってます。



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「涙が出るほどいい話第十集」に入選